■ 掃き掃除 ■

2011/5/25(水)
こんにちは、松下です。
今日は天気が良いので、ドアを開放し、鼻歌交じりで玄関の掃き掃除をしました。

ホコリが舞い上がらないように、濡らした新聞紙を使用する・・・。
昔ながらの知恵に感心しながら、隙間めがけて濡れ新聞紙をエイ≠チと勢いよく投げつけました。
(ここまでは、いつもと同じ動作。)

しかし、今回は下駄箱横の隙間にピッタリ貼り付き、ホウキで履いても取れません。
しかも手が入るほどの空間もない・・

仕方なく、同僚に下駄箱を動かしてもらい、濡れ新聞紙を取り除いてもらいました。
2〜3分ほどで終わるはずの掃き掃除が、大掛かりなことになってしまいました。
本当に申し訳ないですーーー

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■ 鯉のぼり ■

2011/5/2(月)


こんにちは、松下です。
今日、5月2日は娘の13歳の誕生日です。

ゴールデンウィーク中盤で、お休みされている方も多いでしょうね。

ご近所の センター南駅前広場では、恒例の鯉のぼりが 飾られていました。
今年は例年より控えめな 60旒(リュウ)くらいでした。

今日は、柏餅を買ってきました。 
私を含め、出社しているメンバーでおやつにしまーす

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■ 『ぼたもち』 と 『おはぎ』 ■

2011/3/22(火)
こんにちは、松下です。
今年の春分の日は、3月21日でしたね。

お彼岸の中日ということで、我が家でも「おはぎ」を食べました。
正式には 【 春がぼたもち、秋がおはぎ 】 と呼ぶそうです。

* ぼたもち * は 春の牡丹の花からきていると言われ、 * おはぎ * は 秋の萩からきているとのこと。

しかし、我が家は、ずーっと「おはぎ」と呼んでいます。(ぼたもちと呼んだことがナイのです。)

今更、『春がぼたもち、秋がおはぎ』と言われても、長年の呼び方は直りません。
見た目も、味も同じ物。
「おいしい物に呼び名は関係ない」ですよね

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■ 66年前の東山田 ■

2011/3/11(金)
こんにちは、松下です。

昨日、3月10日は「東京大空襲」があった日ということで、テレビで特番が組まれていましたね。

「千代田建設鰍フ近辺にも、基地や兵舎だらけだった。」
というご近所の方の お話しです。

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@畑で取れた野菜を背負って、兵舎まで届けに行くのが日課だった。
 心優しい兵隊さんもいて、当時は貴重品だったキャラメルやビスケットを
 お駄賃として貰うこともあった。


A千代田建設鞄口の坂道には 四角い壕が掘られ、戦闘機の格納庫になっていた。
 敵に見つかるといけないから、格納庫入口を竹や木の枝、トタンで隠していた。

B東京横浜大空襲の際には、東山田町にも爆撃機がやってきて、空から焼夷弾が山のように落された。
 麦畑にも火がついたので、家族総出で 濡らしたムシロを被せて 消火した。
 モンペに火が着き 足をヤケドしたが、食料(麦)を守ることに無我夢中で、
 その時には熱く感じなかった。


C終戦後、小学校に行ったが 校舎も先生も不足していた為、午前と午後2部制で
 少ない教室や教師を賄っていた。
 しばらくすると自宅から持ち寄った食材で、給食も開始された。
 季節ごとに同じような野菜が収穫されたので、持ち寄った食材が偏り『トマトの味噌汁』が出ることもあった。
 それでも、物が無い時代だったから、誰も文句を言わずに残さず食べた。


と、当時の様子を 教えて頂きました。

これまで東山田町に対して「のどかな町」のイメージを持っていた私は、
この辺りにも 戦争の影響があったことに驚き、考え深いものがありました。




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